2017年2月12日 (日)

無失点

シーズン開幕まで一月を切り、徐々に運営会社内の動きもシーズン中モードに移行する時期に差しかかってきました。

特にレースシーズンが始まると大きく変わるのが現場の統括をする監督の役割とメカニックの役割で、今回は「失点が許されない」“メカニック”の役割について触れていきたいと思います。


最近その役割を象徴的に感じる場面があったのでその事も含めてご紹介をしたいと思います。

最近、深~いご縁あって郡司メカニックと共に草サッカーのピッチにたたせて頂く機会を得て、共に助っ人としてピッチにたったのですが、実は郡司メカニックは高校時代までバリバリのサッカー少年で東京都選抜にも選ばれたことがある逸材で、かくいう私はテニスと自転車の畑で育ったコンタクトスポーツとは無縁のもやしっこ。

そんなもやしっこに、本業がゴールキーパーだった郡司メカから次から次へと的確な指示が飛びますが、いかんせんもやしっこですし体力が衰えていますから中々指示通りに体が動いてはくれません。

そんな中でも好セーブ(私にはそう見えます)を連発して失点を防いでいる郡司メカを見ておもうことがありました。

今も昔も「失点を許されないポジション」という共通項で求められる仕事を全うしているのだな。と。
それは大変な苦労があるのだろうなと。

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同時に、常にその苦しみと難しさを知っているからこそ、今のブラーゼンのメカニックに求められる多様で柔軟な対応にも応えられてくれているのだろうなと感じた次第でした。

那須ブラーゼンの選手達が駆るバイクだけでなく、普段レンタサイクルでご利用頂くお客様のバイクまで、数も多く、振り幅大きいニーズに応えてくれているからこそ、今のブラーゼンの活動と事業があるのだなと、自分自身はサッカーグラウンドのピッチ上でひたすら目だけでボールを追うなかで感じたのでした。

いつもありがとう。
明日からランニング始めます。

無題

2017年2月 9日 (木)

ホームレースの意味

今年、2017シーズンは念願だったツアーホーム戦である「那須塩原クリテリウム・那須ロードレース」が開催されます。

これもひとえに関係各団体や地元の理解があってのことであり、那須高原ロングライドをきっかけに吹き始めた風に乗り、チームは5年目の節目の年にして取り巻く環境も新たなステップを迎えることとなります。

2015年には全日本選手権をホーム那須地域に迎えましたが、主戦場とする『J PRO TOUR』では初のホームレースであり、那須ブラーゼン運営会社も実行委員会の一員として、大会を組み上げるメンバーとなります。

大会の準備段階に、プロチームの運営方に身を置きながら携わっていると、チームがその地域に存在する意義を生み出す「ホームレース」の必要性を強く感じます。

今後は、これらのホームレースの開催が、地域に経済的なメリットを生み出し、また興行としてもホームチームを支えるような構造に進化していくことが求められるでしょう。


地域の持つポテンシャルによって、日本の自転車ロードレースを取り巻く最前線にいられることを改めて誇りに思います。

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【2015年全日本選手権那須大会には延べ3万人を超える来場があった】
©YUKIO MAEDA/M-WAVE

2017年2月 1日 (水)

「ツール・ド・とちぎ」はサイクルツーリズムの親玉!?

いよいよ「ツール・ド・とちぎ」開催まで2ヶ月を切り、事務局はじめ県や各自治体では準備が佳境を迎えています。

(ツール・ド・とちぎwebページURL)
http://www.tourdetochigi.com/

那須ブラーゼンとしては、ホームである栃木県内で開催される国際大会にして、ラインレースでありステージレースという、開催に漕ぎ着けるには本当にたくさんのハードルがあったであろうこの偉大な大会を特別な思いで迎えることとなります。現在はシーズンインに向けて、各選手が目下基礎的なトレーニング段階から強度を上げたトレーニングへと移行している時期で、早くチームで走っている姿がみたいなと、2017シーズンのメンバーが勢揃いする日を首を長くして待っています。

さて、そんな今回は栃木県の発行する『県民だより』のご取材を頂き、宇都宮ブリッツェン・廣瀬GMと共に、レースの魅力や観戦のポイントなどについて語らせて頂きました。廣瀬GMと共に、『ツール・ド・とちぎ広報官』としての任務も加速させていかなくてはなりません。

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上述した、レベルの高い競技としての一面だけではなく、非常に高いポテンシャルを持った「スポーツツーリズム」としての一面がどのように力を発揮していくかが、今後より一層サイクルロードレースが各地域の文化として融合浸透していくには重要なポイントになるであろうと考えています。

サイクルロードレースは、既に栃木県内では「ジャパンカップサイクルロードレース」に代表されるレース開催によって、その集客力を証明しています。この要因としては様々あると思いますが
・基本的には無料で観戦できること
・普段日常的に通る道がレースコースになり身近
・街や施設が非日常的なレース会場へと変貌するなどの特異な開催スタイルにより
観戦そのものにお金がかからず、収容人数が多くできることからも、受け入れた地域にとっては経済波及効果が非常に高くなるのではないかと観測されていて、当然、固定されたスタジアムで運営される訳ではないという準備や開催にかかるコスト的なデメリットはあるわけですが、地域単位の規模での受け入れを考えれば十分に投資するメリットのある大会・イベントに変えることができるのだと思います。

特に栃木県内では今年、ブラーゼンが主戦場とする「Jプロツアー」のレースが7レース開催されることからも、地域経済を活性化させる一大イベントであり、年間通じてサイクリングを楽しまれる方もそうでない方も受け入れられる体制作りのきっかけとなるような大会の開発が必要となるでしょう。

今後、「ツール・ド・とちぎ」と共に、たくさんの来場客を国内外から受け入れ、文字通り栃木県の魅力を、訪れた人々に伝えていく大会へと成長を遂げていくことが楽しみです。

2017年1月24日 (火)

2017年初投稿にしてせめぎあいの始まり。

尊敬するある方が書いておられましたが、ブログを定期的に書くということは、一見手間を増やすだけのようだけど、実は仕事・プライベートを引き締めるたくさんの効果があるとか。

(以下出典元URL)
http://www.jsports.co.jp/cycle/kurimura/m/post-969/

そんな訳ではないのですが、2017シーズンの那須ブラーゼンは選手のみならずスタッフもブログを定期更新していこうということで、まずフロントスタッフ(5名)が週一回以上の投稿を義務として行うこととなりました。

自分自身はさておいて、これまでブログやSNSなどでも個人としての発信をあまりしてこなかった簑輪マネージャーや郡司メカニックの更新には期待を寄せていて、フロント陣個々のキャラクターを通して、チームの活動を別の角度からもご覧いただけるのではないかと思っています。


それにしても、ココログを使いはじめてかれこれ7年が経ちますが、実は今日はじめて「スマホアプリ」を使用してブログを投稿しています。

これは便利だ…

今までの方法としては
・PCでネット内のココログにアクセスしログイン→投稿
・携帯メールで投稿
の選択肢がありましたが、この7年で急激にスマートホンがネット社会を牽引するようになり、もはや私も時代遅れの人として、日々選手達がアプリでブログを更新している姿を傍観してきました。

しかし、やはり定期更新を決めたからには、更新に対する心理的負担を減らすことが大切であり、便利と聞いてすがる思いで「いざアプリ」という踏ん切りと便利機能への飛び付きを経て現在の更新にたどり着いたという訳です。


これも聞いた話ですが、早朝の固定ローラートレーニングを定期的にするにあたって、前日のうちにバイクをトレーナーにセットし、シューズを目の前に。そしてレーパンを履いて寝る。

ここまではどうかと思いますが、負荷に対して自然の備えと体制の整備により立ち向かうという良い教訓でもあると思います。

やはり良い仕事をするには、整理された環境、整然とした仕組みを自らで作った上だな!などと分かっているふりをしながら、最近は車内の整理整頓がなっていないと岩井マネージャーと簑輪マネージャーに咎められる若杉なのでした。


NEXT NASUBLASEN!
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2016年7月 2日 (土)

【クラウドファンディング更なるご協力のお願い】

【クラウドファンディング更なるご協力のお願い】

達成率:73%(3,630,000円/5,000,000円)
残り日数:29日(7月30日まで)
https://www.booster-parco.com/project/54

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現在進行中のクラウドファンディングは
ここまで281口ものご支援お力添えを頂き
残り27%でプロジェクト達成となります。

さきにも発表をして参りました通り現在
那須ブラーゼンの置かれている運営状況
は一筋縄ではありません。
那須ブラーゼンのチーム活動そのものを
拡散的により多くの皆様にご支援いただく
為の仕組みとして今回クラウドファンディング
という形で個人支援・投資を募るという
新しい試みを行っております。

お陰様で、プロジェクトの趣旨にご賛同
頂き、こんなにも多くの支援を頂いており
ます。この場をお借りいたしまして
応援・ご支援を頂いている皆様、シェア拡散
などによってフォローしてくださっている
皆様に心より御礼申し上げます。

クラウドファンディングの特性上、今回の
プロジェクトは「達成率100%以上」
に到達しなければ「プロジェクト未達成」
となり、ここまでご賛同頂いている皆様の
お気持ちも形とすることが出来なくなって
しまいます。いわば「all or nothing」です。

目先のものを追い求めるような表現に頼って
しまいましたが、まずはこのプロジェクト
が那須ブラーゼンの未来をつなぐための
第一段目の階段となります。

この先はなんとしてでもこのプロジェクトを
達成するべく、更なる商品(リターン)の
組込や準備、告知拡散を行って参りますので
是非、共にこのプロジェクト達成を目指し
果たしていくメンバーとして皆様のお力添え
を更に頂戴できれば幸いに存じます。

支援・投資とシェア拡散やフォローアップ
のほど、何卒、よろしくお願い致します。

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「那須ブラーゼン応援」クラウドファンディングページ
https://www.booster-parco.com/project/54
booster:株式会社パルコ 提供
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プロジェクトに関してご不明な点やお問い合わせ
は是非お気軽に、お気兼ねなくメッセージ等
でも頂戴できれば幸いです。

2016年4月26日 (火)

若き先駆者達

先週末開催されたJPT第6戦で、エースとしてリザルトを求められた吉岡直哉選手が2位表彰台を射止める結果を残してくれました!
そしてこの結果はチーム全員がしっかりと機能したレースの上であったこともあり、その点でもチーム全体として大きな手ごたえとなり今後を明るく照らす超好素材となったレースであったと感じています。  


今のマネージャーの心境としては、正直ほっと胸をなでおろしました。きっと選手達が背負ってきた重い重い物をやっと少しはおろせたであろうことに何よりも安堵しています。

 

僕自身はレース現場のサポートからも離れて久しく、現場で直にその空気を共有し、戦いの場そのものを共に過ごしてはいませんので、当事者としてレース現場のチーム機能に貢献してはいません。しかし、チーム・選手たちを包む厚い霧のようなプレッシャーの存在は非常に感じるところがあり、この霧の存在は、昨シーズンから大きく変わったメンバー構成の中で各選手達がもがきながら過去の『ブラーゼン』という枠と葛藤をしている、ある意味『内なる戦い』によるところが大きいのだろうと感じていました。

 
ブラーゼン2016メンバーが作る『ブラーゼン』は皆さんの目にどのように映っていたでしょうか? 地域密着型であり独立した運営法人を持つ「プロスポーツチーム」である那須ブラーゼンの構成メンバー達を取り巻く環境は、想像以上に“競技者として”心の置き場を定めることが難しいものです。難しさという点では、実は僕自身がその環境に飲み込まれて殻を破るに至らず引退した選手であったという点でも良く理解しています。しかし、那須ブラーゼンが求め信じるあり方は、プロスポーツチームのあり方の原点を、まだメジャーとはいえない自転車ロードレースを取り巻く世界の中で体現し生き抜く確かなスタイルであることから、この難しさの正体との対峙はブラーゼンに籍を置く以上は避けられないものでもあります。逆に僕自身もそのことを感じ取り今に至るからこそ、ある意味選手達に難しさを強いるスタイルのチーム運営に携わっています。

 

そんな環境の中で、若い選手達が自分達のあり方や立ち位置まで確認しながら戦い続けている姿が今皆さんがご覧になっている『ブラーゼン』そのものです。 選手達自身が先駆者であり、新たな風を体現することにチャレンジし続けている姿により一層の後押し頂ければ幸いです。

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「優勝できなかった悔しさと安堵感が入り混じっていたであろう吉岡選手の胸中」
©YUKIO MAEDA/M-WAVE

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「全メンバーが“結果”と“内容”を求めて群馬CSCサーキットを疾走した」
©YUKIO MAEDA/M-WAVE

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「チームメイト同士で常に近いポジションを確保して組織的な走りを実行に移した」
©YUKIO MAEDA/M-WAVE

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「レース終盤には集団牽引に加わり最終局面を作り上げる一端を担った」
©YUKIO MAEDA/M-WAVE

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「勇気と覚悟を持って本来スプリンターではない吉岡選手がロングスプリントで勝負に出た」
©YUKIO MAEDA/M-WAVE






2015年8月 8日 (土)

2015シーズンも折返し

2015シーズンも、はや折り返し地点を過ぎ、後半戦への準備・充電期間へと入っています。皆さんのご支援・ご声援のお陰さまで、平均年齢22.8歳でスタートした経験浅い那須ブラーゼンは、国内ロードレースシーンに確かな存在感と足跡を残すチームへと成長した姿を、日々の活動を通してお伝え出来るまでになりました。

今シーズンのスタート当初、もしくは今シーズンの準備を進めていた昨シーズン終盤には、どこまで現在の布陣で戦えるかは、本当に未知数であり、とにかく可能性にかけて最大限の強化に取り組んでいく他はありませんでした。

活動3年目のチームながら、2シーズン目にして国内最高のタイトル=全日本選手権を佐野選手が制し、今年はその全日本選手権が地元那須地域で開催されるということもあり、周囲の期待以上に、選手・スタッフが胸に期していたものは大きかったと思います。
特に当のディフェンディングチャンピオン本人である佐野選手にかかるプレッシャーというものは計り知れないほどに大きく、本人もそのまとわりつく様なプレッシャーと戦いながら、低調にとどまってしまった自身のコンディションと格闘していました。

そんな姿を、若い選手達がみてとりながら、今シーズン前半戦の目標として掲げられた「全日本選手権V4」という、現状を考えればあまりにも大きいながら、その目標を達するプロジェクトチームとして召集された2015那須ブラーゼンのメンバーは、挑まざるを得ない目標に向かって、それぞれに課せられる厳しいトレーニングに耐えてきました。

“地元開催の全日本選手権でディフェンディングチャンピオンを擁するチームとして挑む”

おそらくこの先、各々の人生の中でも二度とめぐり合うことのないであろうシチュエーションの中で、押し潰れそうなプレッシャーと選手達はまっすぐに向き合っていました。
なかには大きなコンディションの波に恵まれずパフォーマンスを落とす選手も見受けられましたが、全体としては飛躍的なパフォーマンスの向上を達成し、なにより、高い目的意識の元で結束するチームを、一人一人の存在感で築き上げつつあるのだと思います。

特に、新加入の鈴木龍選手のパフォーマンスの高さは今シーズンのブラーゼンにとって核となっています。ピュアスプリンターと遜色ないほどの爆発力と天性のセンスは、「エース」として、チームとしての結果である「リザルト=順位」を求められ耐えうるに相応しく、ブラーゼンの各選手の特色すらも生かすことが出来る存在へと、鈴木選手自身も進化を続けています。

鈴木選手の存在により、圧倒的な「対極の脚質」を持つ大黒柱・佐野選手の存在にも光をもたらすことができ、チームメイト全員にチャンスが巡ることにもなります。後半戦に掲げた大テーマである「勝利」は、この「チームメイト同士の組み合わせ」=「チームプレー」によってもたらされることとなるでしょう。昨年、全日本選手権を制した際には「佐野選手の独力」によってタイトルをもたらしましたが、その点で、国内ツアートップ3チームに食らい付いているチーム力が、いよいよ「チームとして勝ち取る勝利」を実現しようとしています。

前半最大にして、一世一代の“ビッグレース”に挑む仮定で成長したチームは、まさにあらゆる面を含めて「地元が育てた」と言い切れます。
那須ブラーゼンの第3章は全日本選手権を得て成熟に近付き、まもなく実りを迎えようとしています。

後半戦も、引き続き熱いご支援・ご声援を宜しくお願い致します。

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【地元の期待を一身に背負った鈴木龍選手が堂々4位争いのスプリントに挑んだ】
(C)YUKIO MAEDA/M-WAVE

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【鈴木選手の周囲でサポートをしながら最後は少し遅れてフィニッシュした吉岡選手】
(C)NobumichiKomori/HATTRICKCOMPANY

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【序盤から捨て身のサポートに出た佐野選手が自らをおとりとするエスケープに出た】
(C)NobumichiKomori/HATTRICKCOMPANY

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【地元開催のU23全日本選手権制覇に一縷の望みを託した懇親のアタックに出た小野寺選手】
(C)YUKIO MAEDA/M-WAVE

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【小野寺選手に代わって有力選手と共に集団を飛び出した新城選手がおもいを繋いだ】
(C)YUKIO MAEDA/M-WAVE

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【できうる最大限の走りと姿勢で後半戦のキーマンとなる小坂選手】
(C)NobumichiKomori/HATTRICKCOMPANY

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【長く世代のチャンピオン候補として期待され続けている雨澤選手には不運な選手権となった】
(C)YUKIO MAEDA/M-WAVE

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【低迷するコンディションに迷いながらも常に前を向いてチームへの貢献を期する岩井選手】
(C)YUKIO MAEDA/M-WAVE















2014年11月23日 (日)

『那須ブラーゼン2014シーズンエンドパーティー』

さて、よもやシーズンが終わってからのブログ更新と相成りました。
「書きかけのブログがたくさんありましたが、成就したものがあまりにも少なくって!」
なぁんて言い訳しながら、2014シーズンの総括も含めて『那須ブラーゼン2014シーズンエンドパーティー』のご案内へと代えさせて頂きたいと思います。


嵐のように、そして、非常に長くも感じた2014シーズンは、『真のスタート』というテーマの元、観光地域密着型のコンセプトを維持しながらも、『プロチーム』として戦いのなかで成果を追及するべく、発足初年度を戦い終えて再構築した決意の元に、一新した体制づくりが行われました。




選手人事に目を向ければ
・絶対的なエース佐野淳哉選手を据え
・信頼できるベテラン普久原奨選手がチームに安定感をもたらし
・専業ではないながらも高いポテンシャルで要所のポイントを抑える小坂光選手
・パンチ力を見出しかけていた鈴木近成選手のスプリンター起用を想定し
・若く、才能を持つヒルクライマー岩井航太選手
・世代最強レベルの力を持つ雨澤毅明選手
・未知数ながら、高校を出てすぐにプロの世界に飛び込んできた新城雄大選手
・高卒ルーキーであり、膝の故障を抱えながらも才能を秘めた小野寺玲選手
・監督業のキャリアを、選手業との平行でスタートさせた清水良行プレイングマネージャー


「発足2年目の新興チームに、本当に良く集まってくれたな。」「いよいよトップレベルを戦うチーム作りの基盤ができそうだな。」と喜びを感じる一方で、いざレースでどの程度の成果を上げられるか?今シーズンの戦いでどこまで各選手がポテンシャルを発揮する“チーム”となれるか?などなど、とても大きな可能性を秘めながらも、まさに“未知”の状態でのスタート。


スタート当初は、兼任ながらも初めて監督として指揮をとる清水PMの元、3名がルーキーイヤーである、経験も浅い、年齢も若いチームのキャプテンに就任した普久原選手にかかるプレッシャーは小さくなく、ヨーロッパでの挑戦から失意のうちに帰国したエース・佐野選手のコンディションも読み切れない部分があることに加えて、力を発揮したとしても、それを受け切れる布陣にまでは達しておらず、どこから綻んでも崩れる可能性の低くない、そんな不安も各々が抱いていることも事実でした。
実際、この布陣で初めて迎えた本格的なロードレースでは大きく崩れ、いきなり現実に直面することになります。

そして、なにより、“未知”の要因とは、決して選手構成のみによってもたらされる訳ではなく、その選手達のポテンシャルを引き出し、選手達をつなぎ合わせるマネージメントサイドやスタッフに大きく起因していました。
言葉ではなんとなくわかっていたつもりでも、実際にシーズンの、実戦のさなかで突き付けられた現実には、運営、スタッフ、システム....すべてを含む“チーム”としての未熟さをまざまざと見せつけられた思いがしました。
そんな、“未熟なチーム”が毎レース、狂おしいほどの葛藤と挫折の連続にぶち当たりながら、一レース、一レースをなんとか歩んでいました。


そうして迎えた中盤戦。
佐野淳哉選手が獲得した全日本選手権のタイトルは、チームにとっても、各選手、佐野選手それぞれにとっても、とてつもなく大きなメッセージを持った勝利でした。

本当に本当にうれしい勝利でした。
しかし、その一方で
『運命を変える勝利』
僕は、佐野選手の全日本選手権優勝をそんな風に捉えました。
この言葉は、僕にとって当初、完全なポジティブな表現ではありませんでした。ネガティブな意味ではなく(笑)今でもそう思っているかもしれません。
チームにとってこの勝利は、現在の器を大きく逸脱したビッグタイトルであり、躍進への足掛かりとなる反面、那須ブラーゼンを更なる苦悩へと加速的に導く存在でもありました。


前半戦は、昨シーズンとの対比や新しい体制で迎えた新鮮さから、ある意味「勢い」でこなし、Jプロツアーでの入賞や、全日本選手権優勝などで、成果を上げたつもりでいましたが、全日本選手権を境に、いよいよ混迷の後半戦へと足を踏み入れていくこととなったのでした。


サイクルロードレースの世界には「チャンピオンジャージの呪い」という言葉がありますが、まさに、後半戦はこの「呪い」との戦いでもありました。
力を盛り返し、全日本チャンピオンジャージを着用する佐野選手をサポートする布陣としては誰の目にも明らかなほどに不完全なチームであり、しかし、成長を遂げようとしているチームや選手達のコンセプトを置き去りにすることは出来ず、常に理想と現実の交錯でチームは揺れていました。


Jプロツアーはもちろん、国際レースであるツールド北海道でも成果を求められることとなったチームは、全員が常に悩みを抱えながら戦っていました。
後半戦に入ってから、早いうちに各選手のコンディションにもばらつきが出始め、終わってみれば「なんとか総合5位」という表現が的確な結果を残すにとどまり、チームとしての底力がまだまだ欠けていたことを表現していました。

とここまで書いておいて改めて...
活動2年目のシーズンを終えた那須ブラーゼンにとっては、立ち上げ当初のコンセプトや、当時描いた成長曲線を思えば、「全日本選手権優勝」、「チーム総合5位」は良いシーズンだったともいえますし、選手達が常に最大限の努力を惜しまず戦った結果です。
スタッフとしての自分自身への戒めを込めてここまで綴ってきましたが、成熟していない体制・チームの中で、苦悩と直面しながら、選手達は本当に良く戦ってくれました。


こうして、常に極限の状態で戦うからこそ、選手達は儚く美しい輝きを放つのだと思いますし、僕にはそんな那須ブラーゼンの全員がとてもまぶしく見えます。


つかの間のオフシーズンに入っている選手達には、ありがとうとお疲れ様を心から伝えたいと思います。
そして、また『運命』が用意した急坂に、来年挑んでいくこととなります。

さてさて、前置きが大変長くなりましたが、来る12月6日に『那須ブラーゼン2014シーズンエンドパーティー』を開催する運びとなりました。
下記URLより専用ページにジャンプしますので、是非今シーズンの選手達の戦いを振り返りながら、皆様に称えて頂ければと思います。
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http://www.nasublasen.com/season_end_party.html



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©MAKOTO AYANO/Cyclowired

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©Nobumichi Komori/HATTRICK COMPANY

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©Nobumichi Komori/HATTRICK COMPANY

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©Nobumichi Komori/HATTRICK COMPANY

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©Nobumichi Komori/HATTRICK COMPANY

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©Nobumichi Komori/HATTRICK COMPANY

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©Nobumichi Komori/HATTRICK COMPANY

2014年7月 1日 (火)

全日本選手権 優勝

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【雄たけびを上げて歓喜のゴールを迎える佐野淳哉選手が完全復活を証明した】
©MakotoAYANO/cyclowired.jp



皆様、こんばんは。

全日本選手権を終えて、興奮冷めやらぬ日々を過ごしております。


改めましてご報告をさせて頂きます。
エース・佐野淳哉選手が『第83回全日本自転車競技選手権大会ロードレース・エリート男子』を征し、日本チャンピオンの栄冠を手にしました。
国内レースの中で、最も権威のあるレースであるこの全日本選手権を征した選手は「日本チャンピオン」として、以降翌年同大会までの1年間、日本チャンピオンジャージを纏ってレースを走る権利を手にすることとなります。


以前のブログでも触れましたが、自転車ロードレースの世界では、各国のチャンピオンを決する「ナショナル選手権」がほぼ同時期に各国で開催され、それぞれのレースを征した選手を「ナショナルチャンピオン」として称えるという伝統があります。
どんな国の、どんなレーサーも、この国内チャンピオンの証である「チャンピオンジャージ」を纏うことを目標としており、年に一度のこのレースを征することは大変難しく、力がなければ届かず、たとえ圧倒的な力を持っていても、そうは簡単に載冠することは出来ない、大変栄誉あるタイトルです。

佐野選手がこの超ビッグタイトルを手にするまでは、本当に厳しい道のりでした。


昨シーズンの同大会で“一番最初に降りた選手”が佐野選手でした。
兼ねてから、圧倒的なポテンシャルとフィジカルを評価されていた佐野選手は、その脚質の特徴から、勝利を量産するタイプの選手ではなかったものの、国内を代表する選手の一人として、圧倒的な実力を示していました。その佐野選手は昨年、イタリアのプロコンチネンタルチーム・ヴィーニファンティーニで本場ヨーロッパのトップカテゴリーのレースを中心とした活動にチャレンジしていました。
しかし、精神的にも肉体的にも過酷な環境下で、心身共に深いダメージを負い、失意のうちに国内へと帰国したのでした。
そんな状態で昨年の全日本選手権を迎える頃には、ただ自転車に乗ることすらままならないほど深刻なダメージを負っており、2013シーズンは以降のレースにも出場することが出来ず、完全にレースから遠ざかってシーズンを終えました。



その佐野選手に白羽の矢を立てたのが、清水PMでした。
かつてチームメイトとして活動したことのある佐野選手を、活動2年目を迎えるチーム補強の目玉として据えるという人事でした。
佐野選手も、この清水PMのラブコールに呼応し、一時は“引退”を考えるほど落ち込んだ状況からの再起をかけて那須ブラーゼンへと入団してきました。


活動2年目の、国際登録すらしていない、地域密着型の弱小チームへの加入は、当初、レース界でセンセーショナルに取り上げられていました。「もったいない」という声や、「佐野は終わった」という評価を下す論調さえ存在しました。

事実、2014シーズンが幕を空けても、前シーズンの大きなブランクの影響でコンディションも思うように上がらず、加えて、チーム運営の成熟と、若手選手の育成に着手し始めたばかりの那須ブラーゼンは、例え佐野選手が本来の走りを取り戻したとしても、“100%の結果”を得られるような状況ではありませんでした。

シーズンが中盤に近づくにつれて、佐野選手自身のコンディションは驚異的な向上をみせ、「佐野復活」の印象をライバル選手達に与えるまでになっていました。
そんな状況でも、やはり、戦力と経験に劣る那須ブラーゼンの中にあっては、ストレスを受けずに走ることが非常に難しい状況でした。


それでも、自分自身の復活を証明するためにも、エースとしてチームに結果をもたらすためにも、佐野選手は苦悩しながら自身の走りに向き合い続けていました。
前半戦最大の山場に向けて、急ピッチで調整を行い、“独力”で結果を手にすることを決意しているように見えました。それは「チームを見限った」というよりは、「自分で切り開かなくてはならない」という強い思いであったように思います。


迎えた全日本選手権、最初の戦いである個人タイムトライアル。
佐野選手は最終組で発走し、圧倒的なタイムを刻んで暫定トップタイムを更新していきます。最終的には優勝大本命の別府選手(トレックファクトリーレーシング)に30秒差をつけられて2位に甘んじますが、悔しさよりも、ある種の手ごたえを持って2日後のロードレースを待つこととなります。
それでも、タイムトライアルで敗れた別府選手の能力は圧倒的で、他の優勝候補の選手達も“チーム力”という佐野選手にはないものを持っている。
この状況に対して佐野選手が出した答えが、221kmのレースを序盤から先行するということでした。その後の展開については多方面で取り上げて頂いている通りです。
※レース詳細はシクロワイアードでも取り上げて頂いています。


決してあきらめず、可能性に向かって一心にペダルをこぎ続けた佐野選手が誰よりも早くゴールラインを越えました。
本当に素晴らしい走りでした。本当にうれしかった。


あんなにも苦労し、苦悩し、一時は引退さえ囁かれた佐野選手が、もう一度自分自身の存在を、最高の勝利で証明してくれたことがなによりも嬉しかったです。



そんな思いを含めて、今は、「やった!」というよりも、「おめでとう」と「ありがとう」という気持ちでいっぱいです。







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